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赤ちゃんの不思議

絶対音感をつくる臨界期とは

この記事を監修したのは

小西行郎先生

日本赤ちゃん学会理事長/小児科医

2001年赤ちゃんをまるごと考える「日本赤ちゃん学会」を創設。2008年10月1日より現職。主な著書に『赤ちゃんと脳科学』(集英社新書)、『赤ちゃんのしぐさBOOK』(海竜社)、『発達障害の子どもを理解する』(集英社新書)、『はじまりは赤ちゃんから』(赤ちゃんとママ社)他。

狼に育てられた少女

「臨界期」という言葉をご存知でしょうか。発達過程において、その時期を過ぎると、ある行動の学習が成立しなくなる限界の時期をさした言葉です。人間が生きていくうえで必要不可欠な言語能力にも、この臨界期があるといわれています。

 

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「臨界期」という概念が発見されたのは、ある猫の実験がキッカケでした。猫の新生児の瞼を閉ざして外界からの光を完全に遮断し、10~14日間ほどそのままにしたところ、猫は視力を失っていたそうです。そして、その猫はその後二度と視力を回復することはありませんでした(実験とはいえ、かわいそうですね…)。遺伝的に正常な視覚を持って生まれてきても、生後2週間という重要な時期に光の刺激を受けないと、視覚機能は失われてしまいます。「視覚の臨界期」までに、視覚を作る外部からの刺激が必要不可欠だということです。

 

変化する脳と変化しない脳

なぜこのようなことが起こるのか。それは、脳が「変化する」という性質をもっているからです。

生物の脳は、遺伝的にプログラミングされて変化しない部分と、環境と密接なやり取りをしながら発達していく部分とがあります。ヒトの能力のなかで、どれがプログラミングされたもので、どれが環境の影響を受けて獲得したものかを区別するのは難しいのですが、唯一わかっていることは、生物によってその比率が違うということです。
たとえば昆虫は、孵化するときにはすでに脳は遺伝的に完成していて、生まれた後に学習することはできません。それが、イヌやネコ、イルカなどになると、ある程度の学習ができるようになります。さらにチンパンジーともなると、訓練すれば文字を認識することもできます。高度な生物になるほど、環境によって作られる脳の比率が大きいのです。

 

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昆虫のように変化しない脳をもっている生物は、種によっては環境の変化に適応できずに、絶滅してしまうリスクを抱えています。一方、ヒトのように変化する脳をもっている生物は、経験を通して脳がその環境に適応していきます。たとえば原始時代は、道具を使わず手づかみで食事をしていましたが、現在の食生活に適応した脳は、ナイフやフォーク、箸などを使えるように変化してきました。こうして得た知識や能力を、教育という方法によって次世代へと引き継いでいくことができるのです。

 

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しかし、変化する脳もまた、大きなリスクを抱えています。変化する脳は、変化を前提として作られているため、必要な経験が得られないと、先の猫の例のように、脳の機能が破壊されることになりかねません。



生物の機能には、「視覚の臨界期」「聴覚の臨界期」「言語能力の臨界期」など、一生に一度しかない「臨界期」という大切な期間が存在することがおわかりいただけたでしょうか。

 

臨界期を逃したら、どうなるの?

こんなふうに説明してくると、


「では、生まれてくる子の臨界期には、何をすればいいの?」
「臨界期を逃してしまったら、取り返しのつかないことになるの?」


 と悩んでしまいそうですが、そんなに極端なものではありません。最近では、〝ある期間が、ある能力を獲得するために適した期間ですよ〟と幅をもたせた表現として、「臨界期」の代わりに「敏感期」という言葉が使われています。ふつうに赤ちゃんと過ごしていれば、必要な時期に、必要な情報が自然に与えられるはずなのです。

 

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たとえば、社会的な協調関係の基礎が形成される時期は、生後5~6週から6~7ヶ月までの期間ではないかといわれています。この根拠は、生後6ヶ月未満に行なわれた養子縁組は、それ以降に行なわれた養子縁組に比べて、親子関係を作り上げるうえで比較的問題が少ない、という統計によるものです。親子がごく自然に接することで、社会的な協調関係の基礎が作られるわけです。
かといって、生後6ヶ月以降に養子縁組をした人が、みな協調関係がないかというと、そんなことはありません。

 

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また、「絶対音感」にも敏感期があります。絶対音感というのは、基準となる他の音の助けを借りずに音の高さ(音高)を音名で把握することのできる感覚をさしますが、3~5歳までの間にその訓練をしないと、一生身に付かないといわれています。


多くの育児論のなかには、この絶対音感をはじめ、英語や算数などの教育に敏感期を当てはめて、早期教育を唱える人たちが少なくありません。それを頭から否定するつもりはありません。しかし、親の先入観だけで子どもをひとつの方向にもっていくのは、主体としての子どもを見失っていると思うのです。たとえば、絶対音感についていえば、すべての子に必要かどうかは疑問です。絶対音感をもっているために、音楽が音名で浮かんでしまって楽しめないという人もいます。音楽を楽しみたい人にとっては、邪魔になることもあるのです。

 

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敏感期にぜひともやったほうがいいことがあるとすれば、それはベビーとのコミュニケーションにほかなりません。ベビーのしぐさや動き、表情をよく観察し、それらの発信に応えること。それこそが、「たいせつな時期」に必要な刺激なのです。

子育ては赤ちゃんをよく見ることにつきます。彼らは、大人が思うほど軟弱な存在ではなく、主体的な能力をいっぱい秘めています。しっかりと見つめ、その生きるチカラのすばらしさを探り出してみてください。きっと、赤ちゃんと過ごす短い時間が、至福のひと時として輝いてくるはずです。

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