破水してから24時間が経過した。
誰もいない病室でひとり、廊下に出ることもできない状態で何をしていたのか、いまいち思い出せないけれど、とにかく不安だったことだけは覚えている。
それを察してくれたのか、
それとも9月とはいえ暑かった去年のこと、シャワーを浴びることも許されないまま24時間以上を経たわたしを見かねたのか、看護師さんが「シャンプーしましょう」と提案してくれた。
入院したとき同様、車椅子に乗せられ、シャンプー台がある部屋に移動。シャンプーをしてもらいながら、促進剤の話を聞かされた。
明日の朝になっても陣痛が来ないようだったら促進剤を飲むことになる。だから今夜は備えてぐっすり眠ってね、とのこと。
促進剤。
できれば飲みたくなかったなあと思った。
むかし取材でスリランカに行ったとき、当たると有名な占い師の先生にみてもらったことがある。
まさに霞を食べて生きている仙人みたいなおじいさんが出てきてびっくりしたのだけど、取材だし、カメラマンも編集さんもいるし、そんな根掘り葉掘りみてくれなくていいよ恥ずかしいよと思っていたのだけど、あれこれみてくれて、そしてとても当たっていた。
占いの結果はここではまあいいとして、生まれたときの星というのはとても大切なのだということをその先生から聞かされた。
生年月日は無論、生まれた時間というのもとても重要なのだという。
赤ちゃんが本来持って生まれてくる運命みたいなものがあるなら、促進剤とか科学の力で変えたくないな、と思った。
けど、仕方ない。
赤ちゃんの命が第一。
安全に生まれてくるために避けられるリスクは避けたい。
そして、そう。きのうの夜はほとんど眠れなかったのだ。
看護師さんの言う通り、今夜は寝よう。
そう思った。
思ったのだけれど、眠れない。
なんだかおなかがとても痛い。
うすーくつづいていた生理痛のような痛みに重さが加わり…、うーん、なんていうんだろう。
説明しようと、最も相応しい表現を探すのだけど、これだという言葉が見つかる前に痛みは止む。
そして、うまく看護師さんに説明できない。
日勤と夜勤の看護師さんが入れ代わったことで、さらにニュアンスでの説明が困難になった。
とりあえず、寝よう。
痛みに気を取られている場合ではない。
わたしは明日に備えるのだ。
しかし、やっぱり痛い。
そして眠れない。
これは陣痛なのでは?
と、看護師さんに伝えると、初産婦さんにありがちなのよね。まだ大丈夫。みたいなことを言われた。
ですよね。なんかすみません。
それからしばらくして、
わたしは突然吐いた。
え、どうして?
自分でも驚いた。
陣痛についてこれまでいろいろ話を聞いてきたけれど、吐くという話は聞いたことがなかったし、これは何事ですか? とナースコールすると看護師さんも驚いていた。
けっこう痛いですか? と聞かれ、けっこう前から痛いんですけど、と思いながら、また吐いた。
LDRへ移動しましょうと言う看護師さんが、「荷物をまとめられますか?」とわたしに聞く。
え、無理と思ったけど、そういうものなのかとトライした。
そして、また吐いた。
今こそ車椅子でしょうというタイミングで、「自分で乗れますか?」と聞かれたが、それも無理だった。
立ち上がれないし、足に力が入らない。というか、起き上がれない。
もう無理です。
なんで無痛分娩ができる病院を選ばなかったんだろう。
なんで帝王切開にしなかったんだろう。逆子のままでもよかったじゃないか。
自然分娩? いや無理でしょ。
水中分娩だったら? いや、そういうことではなくて、
人体の構造上、そもそも無理があるのではないか。
人類の急な二足歩行への進化さえも責めた。
本当に無理。
いや、ほんとうに無理。
出産、やめます。
せめて、いったんタイム……
そんなとき突然、おなかの中からトントントントンと4回。
赤ちゃんがノックしてきた(キックだったのかもしれないけど)。
はっとした。
頑張っているのはわたしだけじゃないのだ。
赤ちゃんも頑張ってるんだ。
そうだよね。わたしも頑張る。
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Profile 【著者】堀川 静
フリーランスライター。「Hanako」や「BRUTUS」などの雑誌を中心に広報誌や地方自治体のブックレット、WEBマガジンやコーポレートサイトなど、幅広いジャンルの媒体で執筆。2018年9月に第一子となる女の子を出産。現在、育児と仕事の両立を模索中。