気がつけば、出産から5ヶ月が過ぎた。
首が座り、寝返りをマスターすると、やっと慣れてきたおむつ替えも、これまでのやり方では通用しない。
しっかり足をつかんでいないとたちまちころりと回転する。おしっこならまだいいが、そうじゃなかったときは大惨事。
幸い夜泣きはないのだけど、深夜にふと目覚めると、暗闇の中せっせとほふく前進に励む娘の背中を見つけ驚愕したのも一度や二度のことではない。
落下事故が多いのはこの時期からと聞き、気をつけなくてはと思った矢先、
つい先日もベッドからずれ落ち、飼い犬のハウスとベッドのあいだに挟まっている娘を発見しひっくり返ったところである。
ケガはなく、当人は泣きもせずにけろりとしていたのでよかったようなものの、気をつけなくてはと思う。
朝できなかったことが、その日の夕方にはできるようになっていたり、
きのうまでケラケラ笑ってくれていた遊びへのリアクションが、今日になって突然うすくなったり。
からだの成長もそうだが、脳の発達の速さに、細胞分裂という現象の圧倒的な生命力を間近で感じている。というのはなんだか大袈裟なようだが、そうでもない。
この時期、脳の高次機能を司る大脳皮質では、一秒間に10万個もの神経細胞、いわゆるニューロンがつくられているそうで、
そのニューロン同士を繋ぐ接続部にあるシナプスは、0歳から1歳までの間に人生のうちでもっとも増え、それからまた減少するのだという。
一生涯のなかで一度きりというそんな貴重な時期が、落ち着く間もなく「タイム!」もなく、すでに目の前にあるのだから一秒も無駄にはできない。
育児の基本的なルーティンに加え、最近では専ら教育とか知育とか育脳とかに勤しむ日々なのだが、それはまた別の機会にお話するとして、
そんな凄まじい成長を我が子が見せてくれるなか、一方、母はどうかというと
驚くほど省エネモードである。
もの忘れや言葉が出てこないのは日常茶飯事。
話をしながら、あれ、これって前にも話したことがあったかもと気がつくこともよくある話で、そんなときはもういっそのことはじめて話すていで話し切る。
出産後、確かいろいろ大変だったはずなのに、なにが大変だったのか、すでにもう思い出せない。
思い出せるとしたら、うれしかった記憶のみ。
なんとも都合のいい脳である。
調べてみると、それはマミーブレインと呼ばれる状態で、出産前後の女性に多くみられるらしく、
出産から半年ほどつづき、その後なんと記憶力や集中力などの機能は以前よりも向上するという。
その兆しはいまのところまったくもってないけれど、それを信じて、というか言い聞かせて、いや祈って、
いまは日々の育児に注力しているのだが、
しかしそんな記憶力の低下も悪いことばかりではない。
ひさしぶりの外出で、自分がいたそれまでの世界がいかに子持ち向きでなかったかを思い知ることになっても、
バギーデビューによろこんだのもつかの間、なんでもない段差がものすごい壁に感じたとしても、
思いのほか世間が子連れにやさしくないなあと寂しくなった日があったとしても、
心無い言葉に涙した夜があっても、
慣れない育児に、答え合わせのない日々に、それまでの生活との隔たりに、キャリアとのはざまに、そこはかとない不安に、言葉にし難い孤独感に、苛まれそうになったとしても、
脳は嫌なことだけ忘れてくれる。
何より、そんなことどうでもいいと思えるくらい、我が子はかわいく、子育ては楽しい。〈つづく〉
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Profile 【著者】堀川 静
フリーランスライター。「Hanako」や「BRUTUS」などの雑誌を中心に広報誌や地方自治体のブックレット、WEBマガジンやコーポレートサイトなど、幅広いジャンルの媒体で執筆。2018年9月に第一子となる女の子を出産。現在、育児と仕事の両立を模索中。